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ヒッタイトについて1

ヒッタイトは謎が多く、100年ほど前までは聖書の中でしか見ることがなかったが、アルマナ文書やアナトリア高原で発見された粘土版などにより解明が進んでいる。 アルマナ文書からはヒッタイト王から王位に就いたことを祝う手紙などが見つかっており、こうした手紙の内容からエジプトとヒッタイトが対等の関係であったことがうかがえる。こうしたアルマナ文書はメソポタミア語で書かれているために理解できるのだが、アルザワの王に当てたものであること以外は意味のわからない文書が発見された。 後にトルコのボガズキョイでその意味のわからない文字と同じ文字で書かれた粘土板が見つかり、同時にエジプトからヒッタイト王に当てた永久平和条約批准書が発見されたことにより、ボガズキョイこそがヒッタイトの都で、アルザワの王がヒッタイト王、意味のわからない言葉がヒッタイト語であることが判明した。

エジプトとヒッタイト

エジプト新王国19王朝の王であるラムセス2世とヒッタイトの王ハットゥシリシュ3世は紀元前1269年に平和条約を締結した。また、ラムセス2世とハットゥシリシュの娘との結婚により両国の友好関係が始まった。 イスタンブールの考古学博物館にはスフィンクスの門の様なヒッタイトの造形美術やエジプトとの間で結ばれた歴史上最も古い平和条約が刻まれた粘土版などがある。

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