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太陽の船について2

クフ王のピラミッドなどが建てられた古王国時代第4王朝に続く第5王朝のころが、最も太陽神が信仰された時代だ。 ピラミッドは第3王朝の時代、太陽に昇るファラオの魂のための階段として作られたもので、クフ王の時代に現在もギザ台地に残る巨大な物が作られている。ただし、太陽信仰が盛り上がってきた第5王朝時代は太陽神殿が作られるようになり、ピラミッドはだんだんと小型化していった。その後、ピラミッドの規模や質は王家の権力が弱るとともに低下し、古王国時代が終わりを迎えた。 ただし、カイロのエジプト考古学博物館に展示されている中王国時代のツタンカーメン王墓から発見された太陽の船の模型からわかるように、古王国時代が終わっても副葬品として太陽の船の模型が墓に納められている。このことから、太陽の船の思想がこの時代まで引き継がれていたことを見て取ることが出来る。

太陽の船の発見

1940年、ギザ台地の三大ピラミッドを観光地にしようとしたエジプト政府によってクリーニングが始まり、1954年に太陽の船が発見された。 腐食部分などを補強しながら慎重に取り上げ作業が進められ、19ヶ月後の1957年7月にようやく取り上げが終了。 1971年までに5回の間をあけながら組み立てが行われ、博物館に1981年に博物館に納められた。

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