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都市の全貌2

テノチティトランは14世紀から16世紀の間に栄えたアステカ文明の都だ。 元々、湖の小島につくられた街は湖畔の都市と提道で繋がっており、16世紀の初めにはそうした湖畔の都市よりも圧倒的に強い力を持つようになった。モクテマス2世が在位した1502年から1520年の間にアステカ帝国の首都として最も栄えるが、その後すぐにエル・ドラードを夢見たスペイン人達に侵略され、略奪の果てに滅ぼされた。メキシコ市の下には今もその遺跡が存在している。 テノチティトランは当時のヨーロッパの都市を超える200,000人もの人口を持っており、都の中心には400m四方という大きな神域があった。100を超える数のピラミッドや祭壇が建てられており、メキシコ市で発掘されたテンプロ・マヨールという最も巨大なピラミッドは東西に100m、南北に130mという壮大なものだ。

様々な建築物

テノチティトランと湖の岸をつなぐ提道は数本あり、水道橋が併設されている物も1本あった。また、砦が提道の途中に建てられていた。 アステカには生け贄の風習があり、巨大なピラミッドは層状の構造を持っていて、その第四層の一部から子供の遺骨が42体も見つかった。また、第二層の頂上では台の形をした黒っぽい石が発見されており、その上で生け贄が殺されたと考えられている。

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