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アレクサンダーについて3

マガダ国のことを知りそれを征服したいと願ったアレクサンダー。彼はガンジス川のその先にかつて師であるアリストテレスから教えられた東の海があり、さらにその先に進めば地中海やペルシア湾に到達できると考えた。だが、8年にもわたって異国で戦い続けた兵たちは疲れ切っていた。そして、紀元前326年の7月、アレクサンダーは引き返すことを決意した。 紀元前326年、ヒュファシス川というインダス川の支流にに全軍を終結させると、アルコスがつくり上げた800程の船団でインダス川を下り、河口に到達したのが紀元前325年の7月。ここで部隊を陸と海を行く二つに分けアレクサンダーは陸路を行った。マクラーン砂漠の横断には二カ月がかかり軍勢のおよそ四分の三が死亡。その後、ペルシア湾の奥で海路を行った部隊と合流し、紀元前324年の2月にスーサに到着した。

大遠征の終わり

紀元前323年、バビロンに凱旋したアレクサンダーはアラビア半島を船で周った後、アデン湾から紅海に入ることを考えていた。しかし、その年の6月、熱病を発症し命を落としてしまう。これは毒殺とも考えられ、紀元前310年までに彼の母や妻、遺児が殺害された。 彼の遺体はその後エジプト王プトレマイオス1世によって黄金の棺と共にアレクサンドリアに葬られている。

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