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アレクサンダーについて2

紀元前331年、エジプトを出たアレクサンダーは必ずペルシア王のダレイオスを生け捕りにするため本国に増援を要請した。ギリシア軍に手を焼きながらも到着した増援と合流したアレクサンダーは北上、東進。紀元前331年の7月にガウガメラ平原で自軍の6倍にも達するペルシア軍と戦い勝利。しかし、ダレイオスは取り逃がしてしまった。その後は、ダレイオスを無視して南下、ペルシアの首都であるペルセポリスの占領に成功する。 ダレイオスがエクバタナいると聞いたアレクサンダーはペルセポリスを出発。紀元前330年の7月に胸を刺され既に事切れたダレイオスを発見。ペルセポリスに送り手厚く葬った。 ダレイオスを殺害しペルシア王を名乗る将軍ベッソスを追ってパルティアやバクトリアで戦ったアレクサンダーは、紀元前327年、ロクサナというソグディアナ族長の娘と結婚した。

インダス川周辺へ

紀元前327年の夏、ハイバル峠を抜けたアレクサンダーはパンジャーブ地方まで進んだ。このインダス川の上流付近には当時ナイル川にしかいないと思われていたワニがいたため、アレクサンダーはインダス川がナイル川の上流ではないかと勘違いした。 地元の人々の話でその間違いに気付いたアレクサンダーは、同時にさらに東で栄えるマガダ国のことを知った。

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